教員紹介

森下 英理子

教授 博士(医学)

研究者総覧

専門分野

血液学

研究内容

テーマ:血栓止血異常症の病態解析

1.遺伝性血栓性素因・出血性素因における血栓止血関連分子の病態解析

先天性凝固因子および凝固阻止因子の分子異常症(欠乏症/異常症)を対象として、遺伝子解析ならびに細胞生物学的病態解析を行い、多くの新規遺伝子変異を報告し、さらには分子異常をきたす機序について明らかにしてきた。これまでに遺伝子変異を同定した凝固因子欠乏症は、プロトロンビン(PT)異常症(PT Himi)、第V・VⅡ・X・XI・Ⅻ因子・カリクレイン欠乏症、第V第Ⅷ因子合併欠乏症などである。特に、PT HimiはPT活性が10%と低下しているが全く出血症状を示さず、遺伝子解析にて複合ヘテロ接合体異常(M380T, R431H)であり(Blood 1992)、かつ分子病態解析により変異トロンビンはアンチトロンビン(AT)抵抗性を示し(図1)血中にトロンビン活性が長く残存するが、フィブリノゲンをフィブリンに変換する作用は低下(図2)しているため、血栓傾向も出血傾向もきたさないことを、世界で初めて明らかにした。


図1


図2

また、当研究室では第X因子欠乏/異常症の遺伝子解析ならびに病態解析を、本邦で最も多く手掛けている(Hemophilia 2018)。

血栓性素因についての解析は、全国からAT・プロテインS(PS)・プロテインC(PC)欠乏/異常症疑いの検体が集まっており、今までに200家系以上の遺伝子解析を手掛けてきている。AT欠乏症のサンガー法による遺伝子解析の変異同定率は約90%と良好であるのに対し、PS欠乏症の変異同定率は世界的にも約4割と低い。PS欠乏症の中でも、特にPS Tokushima変異(PS K196E)は日本人に特異的な血栓性素因であり、国立循環器病研究所センターの宮田敏行先生との共同で、PS K196E変異を血漿検体を用いてELISA法で検出できる方法を開発した(PLoS One 2015)。

欧米では第V因子異常症であるFV Leiden変異が最も頻度が高い血栓性素因であるが、本邦ではこの変異は認められない。私達は、血栓傾向を示す世界でも極めて珍しい第V因子異常症の兄弟症例を経験しており、現在血栓発症の病態メカニズムを解析中である。

2.非血縁者間同種造血幹細胞移植(HSCT)関連合併症と凝固関連因子の関与

HSCTは造血器腫瘍患者に対し有効な治療方法であるが、致死的な合併症として重症感染症や移植片対宿主病(GVHD)、血栓性微小血管障害(TMA)等があり、その発症には前処置レジメンやドナー細胞、免疫抑制剤の投与などによる血管内皮傷害が関与すると考えられている。一方、HSCTにおける移植後転帰の決定因子としてHLA以外の免疫調整因子の遺伝子一塩基多型(SNP)も予測因子になりうることが報告されている。そこで、私達は日本骨髄バンクを通じて入手したHLA一致同種間HSCT患者およびそのドナー約300ペアを対象とし、血管内皮細胞上の凝固関連因子のSNPに着目し、移植後転機に与える影響を検討した。その結果、トロンボモジュリンSNP rs3176123(A>C)において、ドナーがA/CあるいはCC型である場合GVHD(II度~IV度)の発症が低下すること(図3)、GVHD患者群ではドナーがA/CあるいはCC型である場合生存率が高いことを報告した(IJH 2015)。

また、ADAMTS13 SNP rs2285489(C>T)の検討で  図3. 急性GVHD発症率とドナーTM遺伝子多型は、患者がC/C型である場合再発率が高くなることを報告した(Int J Mol Sci 2019)。

  


図3.急性GVHD発症率とドナーTM遺伝子多型

                 

3.生体防御因子ヘムオキシゲナーゼー1(HO-1)と抗血栓作用

HO-1は細胞を酸化ストレスによる傷害から守る細胞保護蛋白として知られている。私達は世界初の先天性HO-1欠損症患児(J Clin Invest 1999)の単球由来細胞株を用いて、HO-1およびCOが血液凝固・線溶系因子の産生調節を行い、血栓形成を阻害することを明らかにした(Jpn J Thromb Heamost 2009, Blood 2010, Thromb Res 2012)。

これまでの研究業績

  • Nomoto H, Morishita E, e al: Recipient ADAMTS13 single-nucleotide polymorphism predicts relapse after unrelated bone marrow transplantation for hematologic malignancy. Int J Mol Sci. 2019;20(1).
  • Nagaya S, Morishita E, et al: Congenital coagulation factor X deficiency: Genetic analysis of five patients and functional characterization of mutant factor X proteins. Haemophilia. 2018;24(5):774-785.
  • Morishita E. Diagnosis and treatment of inherited thrombophilia. 臨床血液2017;58(7):866-874.
  • Morishita E, et al: Prothrombin Himi: a compound heterozygote for two dysfunctional prothrombin molecules (Met-337-->Thr and Arg-388-->His). Blood. 1992;80(9):2275-80.

研究室からのアピール

当研究室では、生体の最も基本的な生理反応である止血と、人類が克服すべき血栓症を扱っています。また、この領域は追求する程に味わいのある深淵な学問であると思っています。志を同じくする同志が一人でも増えることを願ってやみません。