林 研至
准教授 博士(医学)
専門分野、専門医
- 循環器内科学 生理学
- 総合内科専門医
- 循環器専門医
- 不整脈専門医
- 臨床遺伝専門医
研究内容
研究テーマ「遺伝性心血管疾患の病原性遺伝子変異の決定とそれに基づく個別化医療の実現」
心臓突然死(SCD)の予防と救命は循環器医にとって重要な課題です。我が国のSCDの原疾患として冠動脈疾患が50%と最も多く、次いで遺伝性心筋症が30-35%、遺伝性不整脈が10%と報告されています。
我々は約30年前より遺伝性心血管疾患(家族性高コレステロール血症, FH;肥大型心筋症, HCM;拡張型心筋症, DCM;先天性QT延長症候群, LQTS;若年発症心臓刺激伝導障害, CCSD)に対して、その遺伝子基盤を明らかにするため遺伝子解析を行っています。最近では次世代シーケンサーを用いて短期間かつ低コストで病的バリアントを検出できるようになりました。その一方で、解明すべき課題が生じています。
一つ目の課題は、多くの病的意義不明バリアント(VUS)が見いだされることです。例えばLQTSでは、検出される稀な既知疾患関連遺伝子バリアントの15~20%がVUSであると報告されています。バリアントの病的意義は2015年に提唱された米国臨床遺伝学会(ACMG)/分子病理学協会(AMP)のガイドラインに従って5つのグループ(Pathogenic, Likely pathogenic, VUS, Benign, Likely benign)に分類されます。これらのうちVUSは臨床で活用することが難しく、病的意義がある可能性があるにもかかわらず事実上判定が放置されています。そこで我々はVUSの機能を明らかにすることでバリアントの病原性を決定できる可能性があると考えました。
二つ目の課題は、網羅的遺伝子解析により、既知疾患関連遺伝子以外の数多くの稀なバリアントが見いだされることです。LQTSでは約25%の症例で既知疾患関連遺伝子の稀なバリアントが認められません。我々はこれらの中に新たな疾患関連遺伝子の病的バリアントが含まれ、それが新たなメカニズムで疾患を発症させている可能性があると考えました。
これらの課題を解決するため、次の3つの目的をあげて研究をすすめています(図1)。
- 目的①:遺伝性心血管疾患において見いだされた既知疾患関連遺伝子のVUSに対し、培養細胞あるいはゼブラフィッシュを用いて機能評価を行い、機能解析結果を考慮してその病的意義を明らかにする。いくつかのVUSを(likely) pathogenicあるいは(likely) benignなどと分類し、その臨床情報を用いて疾患の診断あるいはリスク評価に活用する。
- 目的②:網羅的遺伝子解析で見いだされる既知疾患関連遺伝子以外のバリアントの病的意義を評価する。(likely) pathogenicと評価された新規原因遺伝子バリアントに対して動物培養細胞、ゼブラフィッシュ、患者iPS細胞、心筋生検検体などを用いてその疾患発症メカニズムを詳細に検討する。解析結果をもとに治療標的分子を探索し、疾患に対する有効治療薬(機能阻害薬、機能亢進薬など)を探索し、新薬開発に繋げる。
- 目的③:機能解析結果を考慮して決定された遺伝情報に基づき、確定診断、生活指導、治療方針の決定を行い、個別化医療の実践を目指す。前向きに症例登録を行い、個別化医療の評価を行う。
先天性QT延長症候群で見いだされたバリアントに対し、細胞培養を用いてパッチクランプ解析を行っています。また、ガラス微小電極を用いてゼブラフィッシュ胚体表面心電図を測定し(図2A)、QT間隔を計測しています。さらに、受精後3日目のゼブラフィッシュ胚より心臓を1塊で摘出し、顕微鏡下でガラス微小電極先端を用いて心臓活動電位を記録し、活動電位持続時間を計測しています(図2B)。
若年発症心臓刺激伝導障害で見いだされたバリアントに対し、細胞培養を用いてパッチクランプ解析を行っています。顕微鏡下でゼブラフィッシュの心拍数を直接測定しています。また、受精後3日目のゼブラフィッシュ胚の心臓を膜電位感受性色素で染色し、高速CCDカメラを用いて蛍光強度を記録し刺激伝導速度を算出しています(図2C)。ゼブラフィッシュ胚の心臓活動電位および心電図測定も行っています(図2A, 2B)。
肥大型心筋症および拡張型心筋症では、受精後3日目のゼブラフィッシュ胚に対して、蛍光実体顕微鏡デジタルカメラを用いて心臓を観察し、心室、心房、心嚢のサイズ、心室内径短縮率、心拍出量を測定しています(図2D)。また、ゼブラフィッシュ胚よりRNAを抽出し、BNPをコードするNPPBのホモログであるnppbの発現量を評価しています。
家族性高コレステロール血症では、血管内皮細胞特異的にmCherryを発現するゼブラフィッシュ系統(fli1:mCherry)を用いて血管内皮細胞を回収し、LC/MS解析によって血管に蓄積した脂質を評価しています。
疾患関連遺伝子として報告されていない新規遺伝子の病的バリアントについては、モルフォリノを用いた遺伝子ノックダウンを行い、その表現型を観察します。また、その遺伝子をノックアウトしたゼブラフィッシュホモ接合性変異体、そのバリアントのノックインiPS細胞などを作成し、病的バリアントを有する症例より心筋生検を行います。ゼブラフィッシュホモ接合性変異体、ノックインiPS細胞、心筋生検検体よりRNAサンプルを抽出し、RNA-Seq解析、トランスクリプトーム解析、パスウェイ解析を行って疾患発症機序の解明を試みます。発症機序をもとに治療標的分子を探索し、変異遺伝子の機能を調節する薬剤を決定します。
遺伝性心血管疾患のひとつであるLQTSでは、遺伝情報に基づいて患者の管理・治療方針を決定する個別化医療が実践されています。一方、LQTS以外の疾患では、遺伝情報がリスク層別化や治療方針の決定に必ずしも役に立っているとは言えません。今後は症例データベースを構築し、遺伝情報を含む臨床データと不整脈イベントや予後との関係を検討していく予定です。また、遺伝性心血管疾患に関する多施設共同研究に積極的に参加し、遺伝的リスク・環境要因リスクに応じた個別化医療を確立していきたいと考えています。
最近5年間の主な研究業績
- Ishikawa T, Hayashi K, Makita N, et al. Brugada syndrome in Japan and Europe: a genome-wide association study reveals shared genetic architecture and new risk loci. Eur Heart J. 2024 May 15:ehae251.
- Tsuda T, Hayashi K, et al. Hypertrophic Cardiomyopathy Predicts Thromboembolism and Heart Failure in Patients With Nonvalvular Atrial Fibrillation - A Prospective Analysis From the Hokuriku-Plus AF Registry. Circ J. 2023 Nov 24;87(12):1790-1797.
- Usuda K, Hayashi K, et al. Mechanisms of fever-induced QT prolongation and torsades de pointes in patients with KCNH2 mutation. EP Europace. 2023 Jun 2;25(6):euad161.
- Cui S, Hayashi K, et al. The utility of zebrafish cardiac arrhythmia model to predict the pathogenicity of KCNQ1 variants. J Mol Cell Cardiol. 2023 Apr;177:50-61.
- Hayashi K, Tanaka Y, et al. Characterization of baseline clinical factors associated with incident worsening kidney function in patients with non-valvular atrial fibrillation: the Hokuriku-Plus AF Registry. Heart Vessels. 2023 Mar;38(3):402-411.
- Nagata Y, Hayashi K, et al. Targeted deep sequencing analyses of long QT syndrome in a Japanese population. PLoS One. 2022 Dec 8;17(12):e0277242.
- Tsuda T, Hayashi K, et al. Clinical Characteristics, Outcomes, and Risk Factors for Adverse Events in Elderly and Non-Elderly Japanese Patients With Non-Valvular Atrial Fibrillation - Competing Risk Analysis From the Hokuriku-Plus AF Registry. Circ Rep. 2022 Jun 15;4(7):298-307.
- Ishikawa T, Hayashi K, et al. Functionally-Validated SCN5A Variants Allow Interpretation of Pathogenicity and Prediction of Lethal Events in Brugada Syndrome. Eur Heart J. 2021 Jul 31;42(29):2854-2863.
- Hayashi K, et al. Impact of functional studies on exome sequence variant interpretation in early-onset cardiac conduction system diseases. Cardiovasc Res. 2020 Nov 1;116(13):2116-2130.
- Tanaka Y, Hayashi K, et al. Functional analysis of KCNH2 gene mutations of type 2 long QT syndrome in larval zebrafish using microscopy and electrocardiography. Heart Vessels. 2019 Jan;34(1):159-166.
- Hodatsu A, Hayashi K, et al. Impact of cardiac myosin light chain kinase gene mutation on development of dilated cardiomyopathy. ESC Heart Fail. 6(2):406-415; 2019.
- Tsuda T, Hayashi K, et al. Effect of hypertrophic cardiomyopathy on the prediction of thromboembolism in patients with nonvalvular atrial fibrillation. Heart Rhythm. 2019 Jun;16(6):829-837.